中西丈博のプロフィール


 2008年8月まで、名古屋市内のライブハウスを中心に活動を展開したシンガーソングライター。
現在は東京へ拠点を移し活動を展開。
ギター1本で奏でる音楽には情熱的なメッセージが込められている。
 楽曲のセンスは抜群で、特に彼の創る歌詞の世界観は
他の誰にも真似をすることが出来ない世界観を持っている。
『誰にでも理解できる楽曲、だけど誰にも描くことの出来ない楽曲』が多くの人を魅了し、
決して器用とは言い難いが泥臭くて人間臭いライブステージでは、
聴き手の感情部分に訴えかけ、その空間にいる人々に強い共感を与える。

↑今まで言われたことをまとめたらこんな感じになりました。

■名前
中西 丈博(なかにし たけひろ)

■性別


■生年月日
1984/10/30

■血液型
O型

■愛用ギター
Martin D-18V
Takamine NTP-012
YAMAHA (型式不明)

■影響を受けた人、尊敬する人
徳永英明、長渕剛、尾崎豊、甲本ヒロト
加川良、ゆず、アンジェラ・アキ、Cocco
峯田和伸(銀杏BOYZ)、山崎まさよし、ミドリカワ書房
ダウンタウン、ラーメンズ


中西丈博の略歴


●三重県時代【1984〜2003年】
 三重県の海辺の町で生誕。小学5年頃、家にあった父のギター(クラシックギター)に初めて触る。教本を親に買ってもらって練習するもFコードで挫折。1年後、父が何かのイベントで使用するためにフォークギターを購入。イベントが終わったら使わないとのこのなので、そのギターをもらう(上記のYAMAHAギター)。そのギターでFコードが弾けるようになり、ギターの魅力にハマっていく。中学時代はクラスメイトたちとコピーバンドを組むことになり、当時流行っていたGLAYやL'Arc〜en〜cielを練習する。以前親戚にベースをもらったので、そんな理由で担当がベースになる。またその頃、ゆずの「サヨナラバス」の前奏に使われているブルースハープに魅了され、練習を始める。現在の中西が弾き語りスタイルとなったのは、だいたいこの時期がきっかけ。 すっかりアコースティックに染まっていったのが高校時代だが、基本的には部活に明け暮れる。バドミントン部。オリジナルの楽曲も作ったりもしてみるが、あまりこれといって活動はせず、自宅か友達の家で流行りの歌をカバーしたりする。文化祭だの卒業生を送る会だの、そういった学校行事にはカバー曲で出演。「大勢の前で歌うのは案外気持ちがいいもんだ」と感じるようになる。  高校を卒業後は専門学校進学のため名古屋市へ引っ越す。一人暮らしをすることになる。


●名古屋時代【2003〜2008年】
 名古屋駅前の専門学校に通い始め、その帰りに駅前の路上ライブ風景を眺めるようになる。自分も路上ライブをやりたいと思い始めるのにそれほど時間はかからず、2003年6月に初の路上ライブ。オリジナルの持ち歌が5曲しかないのにも関わらず、その5曲だけで5時間ぐらい歌いまわし続ける。またホームページも作成し、この日をもって「中西たけひろ」の名義で音楽活動をスタートさせる。同年12月にはライブハウス(今池メトロ館)にて初めてライブを行う。弦が切れるハプニングもあり、初ライブは苦い思い出。その後はライブハウスやイベント、定期路上ライブなどで経験を重ね、2004年11月に1st Mini Album「餞〜はなむけ〜」を自費作成で発売する。
 卒業後、2005年4月からは一般企業に就職する。社会人ミュージシャンを目指すが、仕事に忙殺されて音楽どころじゃなくなる。それでも時間を見つけて路上ライブやイベントに出演させてもらい、何とか活動を続ける。また合間を見つけて楽曲を作成し、2006年6月に2nd Mini Album「myself」をまたもや自費作成し発売する。同年9月『愛・地球博閉幕1周年記念事業』の式典に、東海地区ミュージシャンの一員として参加。約1000人のお客様の前で万博テーマ曲「輝け未来〜この大地に僕らは歌う〜」の1フレーズを歌わせていただく。また、フィナーレの際は、森山良子、夏川りみ、松浦亜弥と一緒のステージに立たせていただく。2007年には中西たけひろ主催イベント「s.s.n.」を新栄SiX-DOGにて開催、東海地区で活動するアコースティックシンガーの方々に多数出演いただきそれぞれ好評をいただく。また2008年1月には全国発売のオムニバスAlbum「Load of Land vol.8〜夕焼けGIG」に参加し『今の僕に出来ること』が収録される。また同年8月、1曲入りCD「片想い」を発売。
 自分の音楽にさらなる高みを目指し、2008年8月、東京へ進出することを決める。


●東京時代【2008年〜】
 職を転々とし、不安定な生活ながらも路上ライブやイベント出演など活動を続ける。また、お客さんとの距離をもっと近づけたいとの意味を込め、2009年8月に活動名義を「中西たけひろ」から本名の「中西丈博」に変更。「お客さんに楽しんでもらうライブをするには?」を常に念頭に置きながら、音楽活動、また名古屋時代の晩年には停滞気味だった作曲活動も精力的に展開し、現在に至る。